ヴァイナモイネンの武器・呪術、その秘密 呪術、魔術、妖術、これらの区別は私にはよくわかりません。ヴァイナモイネンはとにかく、歌を武器にしています。スペルシンガーということになります。スペルというのが、まじないの言葉、呪文です。呪文が歌でなければならない、というわけではないと思いますが、フィンランド人にとっては、歌が大事なのです。 ここで参考にしているのは、主として下記のサイトです。ちょっと、とりとめのない感じで、必ずしもフィンランドの話とは限らないようですが、ほぼ、原文に従っています。 http://www.finnishmyth.org/ | |
呪術師と呪文
私が言うとおりに歩くのだ。 私が動かすとおりに動け。 私がゆすったら壊れるのだ。 私が城を動かすように、 みずうみをゆらすように、 悪しきものよ。今、私は告げる。 仇しものに命じる。 たったいま、去れ。 日が暮れるまでに破滅するのだ。
| 古代にはどこの文化でも魔法使いとか呪術師とかが力を持っていました。フィンランドでもそうです。彼らはたいてい、治療とかお守りのために呼ばれます。彼らは、悪しきことの原因となるものの神の力を用いて治療したりします。 呪術師はいろんな場合に対する呪文を知っていますが、ものごとの根源を知っておかねばなりません。例えば、火の根源、鉄の根源、やまいの根源とかを。 ものごとの根源、世界がまだ、混沌の時代の根源を知ることが、それを支配するための前提条件なのです。刀での傷を治すには、刀の元である鉄の根源を、やまいを治すには、九つある病いの根源を、とかです。呪術師はときに、シャーマン、つまり霊媒の役目もします。 | |
呪術師は、そのベルトとそれに付いているナイフ(フィンランド語ではプウッコ)か、ときには飾りのある銅の管(わりと一般的な魔法の杖の形らしいです。)とか、財布とかで、それと分かります。財布の中には蛇の頭、水銀、三つ又の鉄の爪、大麦が三粒と火口箱などが、お決まりです。ベルトは普通、樺の樹皮で作ってあります。 呪術師は、最高神・ウッコに神聖なお守りをお願いすることがあります。鉄のシャツとか、鋼のベルトとかです。 ですが、呪術師の最も重要な武器は最高神・ウッコからいただく魔法の剣です。 | ウッコ殿。天空のご主人殿、 雲のうちの神よ、 お持ちくだされ、お前様のほのおの剣を、火炎のさやに収めて。 私めにくだされ。 敵を斬り殺すために、 悪しきものをうち負かすために。 | |
重要な根源の呪文のいくつかをご紹介しましょう。こうしたことを知っておかないと、呪文は役に立ちません。投射の根源 投射するもの、それは矢です。死を招いたり、魔法の世界では病気を招いたりします。この矢は、あるヒーローによって切り倒された太古の樫の巨木です。 話はこうです。世界のはじめのころ、四人の娘たちが野で干し草を山にしていました。そこにツルサスがやってきて、何を思ったか燃やしてしまいます。(戦さの神様は乱暴者のようです。)その灰から、樫の巨木が育ちます。この巨木が、天空を支えて、人々の大地と神々の天国とをつないでいました。この巨木が倒されたとき、天と地は切り離されて太古の夢の時代は終わり、理屈づくめの現世が始まったということです。この巨木を倒したのは海から来た黒くて小さな男だったそうです。 | 海からやって来た、小さな男が、 手のひらほども長くなく、 背丈は親指とどっこいどっこい。 小男はやってきた。すると、 ひざは一尋ほどもある太さ、 ももは、その倍もある太さ、 はいていたのは石のくつ、 かぶっていたのは岩のぼうし、 手には、真鍮のてぶくろ、 それに銅の柄のついた斧。 | 黒い男が樫の木を切り倒すと、切りくずが海に投げ出されました。そして、風に流されて、とある岬に流れ着きます。そこで、黒い犬がそれを見つけて、呪術師のところに持ち帰ります。彼はその使いみちを知っています。彼は矢を作ります。かくて、宇宙は光と大地で作られ、いっしょに人間と悪の矢も作られたというわけです。 | |
鉄の根源 鉄の根源はやはり、世界のはじまりに宇宙の中心にあった原始の海にあります。そこでは、どろどろに溶けた鉄が三人の娘たち、鉄の娘ですが、その胸からできてきました。 彼女たちは果ての無い野の、名もない草原に立っていました。この夢の時代には、名前も場所も出来事もなかったのです。彼女たちのミルクは流れ落ちると溶けた鉄とか鋼に変わるのです。 似たような話は、女神とか牛、山羊とかになりますが、やはり原始の世界(パラダイス)の中心にある泉になりますが、世界中にあるということです。その生命の泉から流れ出す四本の川があって、世界中に水やミルク、つまり、生命と鉄などを運ぶということです。 鉄の刃で傷つけられたのを呪文の歌で治療するときは、呪術師は、傷ついた人と、傷つけた鉄の武器に、こうしたことを歌いこんで、彼が、鉄の根源を知っており、したがって、それによって起こったことも支配できることを知らしめます。 火の根源
火の根源は最も普遍的な神秘かも知れません。この古代の神秘物語では、かならず、二人の登場者があります。一人は神で、もう一人はその助手か敵対者かです。 助手は小鳥のこともありますし(北欧)、亀(インド)だったり、The assistant may be a bird (Northern myths), a turtle (India), カワウソ(ネイティブアメリカン)だったり、カブトムシ(東南アジア)だったり、はたまた、神(フィンランド)だったり、悪魔自身(北欧)だったりします。 話はどれも同じようで、神が助手に原始の海に潜って土を採ってくるよう、命じます。この土を神がばらまくと、大地ができてきます。ところが、この助手だか、敵対者は少しばかりを口の中に隠します。それがバレてはき出させられます。すると、それが山々になります。 海底から持ってきた土の中には火打ち石もありました。たいていは青い色をしています。神がそれを打ち付けると天使たちが生まれてきます。同様に悪魔が打ち付けると子鬼どもが生まれてきます。 こうして飛び散った火花から大地の上の火ができてきたのです。ですから、火の根源は善と悪の誕生と密接な関係があります。ほかの神話の中には、大地と火は天国で生まれ、火はワシの三本の羽で打ち出されたというのもあります。 フィンランドの神話では、火を打ち出す、すなわち、善と悪(この場合は蛇という形で)を創り出したのは、イルマリネンというのもあります。イルマリネンはほんとに何でも作ってしまう神様です。ほかにも天空の支配者が創り出したとか、ヴァイナモイネンが、といった話もあるようです。 九つの病いの根源 神秘の北方の女神、ロウヒ(Louhi)、ときにラブイーター(loveater)と呼ばれますが、彼女はフィンランドの神話の中でなかなか強力です。彼女は、その生まれつきからして、荒々しくて暗くて寒い北方の性悪の女神で、フィンランドの神話のヒーローの仇役です。 Louhiという言葉を、蛇を意味するkrmeの頭にくっつけると、Louhikrmeといって恐ろしげなドラゴンになります。北方の地はしばしば、死者の世界であるツオネラと同一視されます。 さて、九つの病いの話ですが、ロウヒは北風によって(ツルサスによって、という話もあります。ツルサスはどうも行儀が悪い神様です。)身ごもらせられます。そして、ツオネラ川の岩の上に九人の赤子を産み落とします。彼女はその子らに病気と不幸の名前を与えました。この子らが世界中の病気と不幸をもたらす悪鬼ということになります。 子らの名前は、当時の人々が使っていた言葉ですが、今となっては意味はぼやけています。例えば、Riisiが佝僂(クル)病、今で言えば骨軟化症、Ruttoが疫病、Ajosが膿瘍といった具合で、Nuolennoutajaという、矢をもたらすもの、また、Syjが餓鬼といった摩訶不思議な名前もあります。 病気の人を治すときには、この悪鬼と病気の誕生の、九つの病いを呪文の中に歌い込むわけです。この呪文は非常に強力なものとされており、呪文の誕生の呪文とか、呪文の根源の呪文とか呼ばれます。
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