ヨーロッパ人が来る以前は紀元前から Ciboneyとかアラワクなどの原住民がいました。コロンブスが二回目の航海で1493年に発見して、島のけがれない美しさか、無数の島々を見て1万1千の乙女を思ってか聖ウルスラに因んでヴァージンの名前をつけました。その後、あまり省みられることなく時が過ぎましたが、海賊が隠れ家に具合のいい洞穴をあちこちで発見し、出撃基地にしたようです。Jost Van Dykeとか、いくつかの島はこれらの海賊の頭領の名前に因んでいます。 最初に植民したのは1648年、オランダですが、1672年にはイギリスの属領になりました。経済的には、一回り大きい島で人口も多いヴァージン諸島(米)と密接な関係があり英領といいながら通貨は米ドルです。 島の命名の由来は、米領のヴァージン諸島と同じで、聖ウルスラに因んだものです。 島の旗の紋章はこの聖ウルスラ Urusulaと、一緒に殉教した1万1千人の乙女を弔うランプが画かれています。 下の文字はラテン語で VIGILATE 用心深くあれ という意味です。 英領ヴァージン諸島の文化に関しては、佐納康治というの大学の先生の旅行記があるので紹介しておきます。コンピュータとか情報の教授のようですが、世界中、旅をされています。
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