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セーシェル(Seychelles) .sc首都 ヴィクトリア (1.4 万) (Victoria) インド洋西部の島群から成る国; 公式名 セーシェル共和国、人口 80,098(2002)。国土面積 455 km2白人(主にフランス系)と黒人の混血が大部分。 公用語: English, French. 宗教: 主にカトリック。 通貨: rupee。アフリカの東海岸沖、マダガスカル島の北です。多分、アラブの商人とか太平洋の島々の島民が、この島を見つけていたでしょうが、西欧人が見つけたのはヴァスコ・ダ・ガマが最初のようです。この島国はひょんなことで有名になりました。初心者がインターネットでポルノなどを見ようとしているうちに、見るをクリックすると、ソフトがダウンロードされて、そのソフトが電話先をセーシェルに変えてしまう。以後、インターネットをするたびに国際電話につながって、大変な課金が来る、というものです。わたしも一度、見たことがあります。佐藤渡辺のサイトに来る直前のサイトがログデータとして残りますが、どんなところだろうと、行ってみると、たいていは何らかの検索エンジンとか、誰かのリンク集だったりするのですが、中にポルノのサイトがあります。ほんとにポルノを見ていて次に佐藤渡辺のサイトに来たのか、ポルノサイトの一つの手口としてやっているのかわかりませんが。 とにかく、そこでちょっとスケベ心を出してクリックすると、何とかexeとかのソフトがダウンロードされて、私の方はMacで動かないものだから、何だろうと、Windowsに持っていって、ダブルクリックすると、セーシェルに電話先の設定を変更しようとしました。Windowsも一応、警告を出しました。初期のWindowsでは警告も出なかったかもしれません。 もともとは多分、アラブの商人がこの島にきていただろうと思われますが、記録としてはポルトガル人 ヴァスコ・ダ・ガマが1502年に発見したということになっています。彼はこの地域の提督になっていて、Admirante群島はもともと彼の名前をつけたらしいですが、肩書きで Admirante島として名を残しています。1756年にこの島を支配しはじめるまではアフリカとアジアの交易の中継地として、たまに海賊も使っていたようです。フランスは当時の財務大臣、ジャン・モロー・セシェル子爵にちなんでセーシェルと名付けました。セシェルが、香料で一儲けしようと、コルネイユ・モルフェという人物にこの島を探検させたようです。1794年から1811年にかけてイギリスが支配権を争い、1814年にものにして植民地としました。1976年に英連邦の中の共和国になりました。 国旗は1996年に制定されたようです。青は澄んだ空とインド洋を、黄は生命の源である太陽を、赤は友愛の精神で未来に向けて働く人びとの決意と情熱を、白は社会正義と調和を、緑は自然豊かな国土を象徴する、ということです。 セイシェルの文化に関しては、佐納康治というの大学の先生の旅行記があるので紹介しておきます。コンピュータとか情報の教授のようですが、世界中、旅をされています。 →インド洋の地図 |