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西アフリカの大西洋に面する国; 公式名 モーリタニア-イスラム共和国, 220 万。ムーア人(アラブ-ベルベル系), 黒人諸部族。 公用語: Arabic, French. 宗教: イスラム教 (国教). 通貨: ouguiya。 3世紀から 7世紀にかけて北アフリカにいたベルベル人が、アラブ人に追われて今のモーリタニアにいた原住民を南に追いやるか、奴隷にするかして住み着き、今度は1076年のことだといいますがアラブ人が古代のガーナ帝国を破って南部モーリタニアを支配し、以来 500にわたってベルベル人の抵抗をうち負かしてモーリタニア全域を手中にしました。この過程でアラブ人とベルベル人は混血してムーア人ということになったようです。ここで支配階級の白ムーア人と奴隷階級の黒ムーア人というのができたようです。ムーア人は8世紀のイベリア半島への進出がありますが、ここのムーア人ではなくて、アラブ人に西に追われたベルベル人だろうと思います。 ちょっと間がとぎれますが、いつしかフランスがここを支配し、20世紀始めに奴隷制を廃止し、南に追われていた、もともとのアフリカ人たる黒人たちが、ぼつぼつ戻ってきて、1960年に独立すると、さらにその勢いを増して、支配階級たるアラブ系のムーア人との間がややこしくなっているようです。実際には奴隷制は続いていて、1980年に改めて奴隷制を廃止したのですが、まだ実質は涙金の給料で奴隷制が続いているということです。 国名のモーリタニアはフランス語でムーア人の国という意味です。もとはと言えば、ギリシャ語では マウロ Maurosで意味は色の黒い人だったようで、さらにラテン語ではマウリ Mauri、スペイン語ではモロ Moros、英語、オランダ語ではムーアと呼ばれていました。モロ Morosは一般的にムスリム(イスラム教徒)を指す言葉になり、フィリピン・ミンダナオ島のモロ・イスラム解放戦線も Morosから来ています。 国旗はイスラム教の創始者たるムハンマドのターバンの色で聖なる色である緑地に、これもイスラム教の象徴である三日月と星で、これは幸福を意味するのだということで、ハラ砂漠を緑の沃土に変える願いの意味も込められているということです。 モーリタニアの文化に関しては、佐納康治というの大学の先生の旅行記があるので紹介しておきます。コンピュータとか情報の教授のようですが、世界中、旅をされています。→駐日モーリタニア大使館(外務省のページで住所がわかるだけです。)→アフリカの地図