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クウェート(Kuwait) .kw

首都 クウェート (18 万) (Kuwait)

 ペルシア湾北西岸の国; 公式名 クウェート国、180 万。クウェート人 45%, 他地域からのアラブ人 35%, イラン系, インド系, パキスタン系など. 公用語: Arabic. 宗教: イスラム教(国教). 通貨: dinar。
 クウェートの国名の由来については、サンスクリット語の「町、城塞」を意味する kotから、ペルシア語の「小さな砦」kuitにというのがありますが、ほかでの傍証が取れません。08/05/10 小さな城というのは間違いなさそうです。英語でも検出されました。綴りについては kootというのも有りますけど。位置的にペルシャ湾のの喉首部にあたる要衝で古くから船運の拠点として繁栄していたということです。1899年から、イギリスの保護領になっていました。石油が見つかって、1961年に独立しました。以来、外国から労働者が大量に入ってきています。政治体制はEmirという半世襲制の君主が居て、首相を任命すると、その首相が皇太子ということになるらしいです。議会もあってちゃんと4年ごとに選挙があります。ところが、外国人労働者が多いせいで、実際に投票できるのは人口の10%に満たないということです。1990年8月にフセインのイラクがこの国を占領して、翌年二月にはアメリカ軍を主力とする国連軍が地上侵攻して4日間でイラク軍を撤退させました。ですが、クウェートという国が独立国になったについては、大国の石油戦略が関係していて、フセインとすれば、地理的にイラクのものであるべきだ、という考えがあったのでしょう。それは理解できることではありますけど、彼が、あの一帯の石油を押さえてしまえば、世界中が振り回されることになったでしょう。彼はイランにも侵攻しましたし、成功すれば次は湾岸一帯に手を広げたでしょうから。
 国旗は汎アラブ色である赤・白・黒・緑の4色旗で、クウェート歴代の王朝を表すとともに、それぞれ勇気・純潔・戦場・繁栄を象徴している、ということです。歴代の王朝というのは緑がファティマ朝を、白がウマイヤ朝、黒はアッバース朝、赤はアラブ社会の基盤を形成する血縁を表わすんだそうです。
 クウェートの文化に関しては、佐納康治というの大学の先生の旅行記があるので紹介しておきます。コンピュータとか情報の教授のようですが、世界中、旅をされています。
クウェート大使館 →ペルシャ湾岸の地図

↓クウェートの地図