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ムスリムとは カリフ,サルタンとは イスラムの語源 マホメット,ムハンマドは誰
イスラムの三大聖地,四大聖地

イスラム教の二大宗派・スンニ派とシーア派

 イスラム教にも、いろいろと宗派があるようですが、よく新聞をにぎわすのが、シーア派、スンニ派です。どう違うかというと、スンニ派(Sunni)、スンナ派(Sunna)とも言うようですが、こちらは、マホメット(Muhammad)から数えて、最初の四代のCaliph、つまり教主だけを正統と認め、Sunnaという、口伝の法律、口伝律法というようですが、それを重視する教派です。もう一方のシーア派(Shia)は、四代目の教主、マホメットの娘婿(従兄弟でもあったようです。)ですが、その Aliが正統の後継者であって、最初の三代の教主は正統と認めず(カリフの項も参考にしてください。)、Sunnaも重視しない、ということです。この間の事情を説明したサイトがありました。ここでは詳しく述べません。
 イスラム原理主義(Islamic fundamentalism)もよく新聞を賑わしますが、イスラムの現状を内部告発し, 原点に帰って再生をはかろうとする自己改革的運動だということです。何が原点なのか、この人たちには分かっているのでしょう。
 そのほか、イバード派(Ibadite, Abadite)というのは、ハワーリジュ派 (Khawarij) という別名もあるようですが、第 4 代カリフ Ali と Umayyad 朝の支配から離脱し, クルアーン、つまりコーランにのっとってイスラム国家の改革を目指した政治・宗教的一派だということです。で、そのコーラン(Koran, Quran)というのは、アラーの神(Allah)が天使ガブリエル(Gabriel)を通じて預言者 Muhammad に読み聞かせたとされるイスラム聖典; 道徳・行動・思考などイスラムの生活全般にわたる究極的な規範なのだそうです。あれ、天使ガブリエルというのはキリスト教でもいますよね。どうみてもイスラム教と、キリスト教は同根だと思いますけど。
 ワッハーブ派(Wahhabi)というのは、18世紀の原理主義みたいなもので、コーランの教議を厳守するという派だそうです。

 これらのことはすべて、研究社のリーダーズ+プラス CD辞典で調べたものです。
 ネットではある添乗員の人がまとめたイスラム教に関する記述が、キリスト教、とくにユダヤ教とは本来、近縁であることなど、よくまとまっています。さらに詳しい説明はこちらのイスラム教にあります。

ムスリム muslim、イスラム isram

 ときどき、ムスリムと言う言葉が出てきて戸惑いますが、要するにイスラム教徒のことです。ダルウィーシュ dervishという言葉もあるようです。これは研究社のCD辞典によると「神秘主義教団の修道者; 所属教団の規定に応じて, 激しい踊りや祈祷で法悦状態に入る」というイスラムの一派のようです。日ハムのダルビッシュ選手は名前だけはイスラム教でしょう。イスラムはイスラームと呼ぶのが正しいそうです。Wikipediaにはまた、別のことが書いてあります。踊って法悦に至るというのは同じです。dervishはペルシャ語のようです。ダルビッシュ選手のお父さんはイラン人だということでした。ペルシャ人の末裔ということになるでしょう。お父さんはやはりイスラム教で、サエコさんとのことは不行跡らしいです。

カリフ、サルタン

 イスラム圏の言葉で、カリフ Caliph, Karif、サルタン、スルタン Sultanなどの言葉がよく出てきます。偉さの関係はどうなっているのか、調べてみました。
 まず、カリフには正統カリフとそうでないカリフがあるということです。正統カリフとは、イスラム教・イスラム帝国の初期の時代においてイスラム共同体(ウンマ)を率いたカリフのことを指すスンナ派の用語で、アラビア語ではal-Khulafa al-Rashidun(「正しく導かれた代理人たち」)と言い、神の使徒ムハンマド、つまりマホメットの死後、イスラム共同体の長に選出されたアブー=バクル632年 - 634年)以下、イスラム共同体の合議によって選出され継承を行ったウマル(634年 - 644年)、ウスマーン(644年 - 656年)、アリー(656年 - 661年)の4人を指すのだそうです。アリーの死後、ウマイヤ家のムアーウィヤが実力によってカリフとなり、カリフの世襲の道を開いてウマイヤ朝を起こしたため、正統カリフの時代は終り、以降のカリフはただのカリフということになります。ただのカリフならスンニ派に限らずいるわけです。日本語にするときは教主とするのが普通でしょう。ムハンマドの血統を重視してウマイヤ朝による世襲に反対したのがシーア派です。
 カリフというのは原則は神権を代表していて、世俗のことは Sultan、サルタンと読むかスルタンと読むか悩ましいところです。日本語にするときは土侯になるようですが、そのサルタンを任命して当たらせるわけです。ところが、オスマントルコの時代に、サルタンがカリフも兼ねるようになって、区別がなくなりました。まあ、サルタンがまったく無くなったわけでもなくて、オマーンは正式には・サルタン国ですし、マレーシアにもサルタンが残っています。サルタンを土侯と呼ぶのは、王よりも下に見ている感じですが、実質は王でしょう。
 イスラムとイスラエルはちょっと英語の綴りは似ていますが別に関係はなさそうです。イスラムの語源は、Silm、サリマ、サリマ、サラーム、ザラームとか言われますが、要するに「平和」だということです。イスラエルの意味はその対極のようです。だから行動が対極かというとそんなことはなさそうです。イスラムの平和というのは、みんなが服従すれば平和のようです。

 イスラムの創始者、マホメットについては、モハメットとか、ムハンマドとか呼ばれます。英語でも Muhammad、Mohammad"、Mohammed、Mahomet とかあるようです。ずっと以前はマホメットが普通でしたが、イスラムの人々の実際の発音に従うとムハンマドあたりが正しいらしいです。マホメットはラテン語から来たもののようで、日本では西洋文明から間接的に接することになったので、マホメットが定着したのでしょう。以前はマホメット教と呼んでいました。マホメットは神ではありません。神の啓示を受けた預言者、実際的にはもともと多神教だったアラブ世界の宗教を一神教として確立した宗教改革者でしょう。キリストは神の子ということになっていますが、私はイスラム教と同根のユダヤ教の「目には目を」、から「右の頬を打たれなば、左の頬も打たせよ」に転換した宗教改革者だろうと思っています。とにかく、一神教では他民族の神との折り合いは難しそうです。神様の社会でも神様の国連が必要でしょう。もともと、ユダヤ教があって、それからキリスト教が生まれ、次に生まれたのがイスラム教で、元の神様は同じなのですけどね。マホメットはユダヤ教とキリスト教の人々を同じ教えに基づく「啓典の民」として尊重していたということです。

 イスラムの三大聖地というと、一番がメッカ Mecca、二番がメディナ Medina、三番がエルサレム Jerusalemです。メッカはマホメットが生まれ育ち、神の啓示を受けた土地、そこで土着の多神教を廃して、神々の中の至高神とされるアッラーの一神教を主張して、人間に尊卑はないと言い始めたことから、土地の有力部族に迫害されてメディナに逃れ、そこでイスラム教を確立したわけです。
 エルサレムについてはマホメットは行ったこともないようです。メディナに逃れたとき、そこはユダヤ人が多く住んでいたようですが、彼らを宥和するために、彼らが聖地とするエルサレムの方向に向けて礼拝するようにしたということです。本格的に聖地とされるのは、ウマイヤ朝 Umayyadがエルサレムを支配下に入れたとき、メッカの勢力に対抗してユダヤ教の寺院の廃墟の上に金色の寺院を建てたことに始まるようです。また、後の十字軍に対する戦いで、政治的な意味合いで聖地となっていったようです。その後は20世紀に至るまで、寺院も放置されていたようですが、20世紀に入ってユダヤ人が嘆きの壁を復活させ、イギリス人が1917年-1948年にかけて支配したことがアラブ世界を刺激して、イスラムの聖地として復活することになったようです。 第四の聖地というのもあって、北アフリカでのイスラム教の発祥の地とされるチュニジアのカロアン Kairouanが加わるようです。