佐藤渡辺通信014号 キリル文字 戒名
この通信なるものを書くタネは、ネットから探しています。一番多いのは、佐藤渡辺のサイトにどこから来たのか、どんなキーワードで探し出したのかを調べていて、興味を惹かれる記事が散見されたときに先月号の場合と同じく横道にそれて少しばかり深追いするというものです。今回もその伝です。 リンクしてきた元を調べていたら Yahooで「チェコ国名の由来」で検索して来た人がいました。5番目に来ていました。『世界の国名と国旗の由来』のシリーズで一応は各国の国名の由来に触れているのですが、少しあやふやなものがあります。Aで始まる国名から始めて、順を追ってネットで調べては書いていたのですが、最初のころは先を急いで日本語のサイトで一つ、二つ見つけて受け売りの形ですましていました。チェッコは Czechで、最初の方です。 これはちゃんと書いたとどうか疑わしいと見たら、一応は書いてあって日本語のサイトからチェコの意味は「最初の人」というのを引用していました。ちょっとあやしいかな?と思って英語版の Wikipediaて見ると、チェコ人が父祖と考える C’echなる人物が人々を今のボヘミアの山に導いて、そこから見える美しい景色「これが約束の地だ」と示した、その人名から来たもの、とありました。C’echの綴りは普通の方法では表示できない特殊文字です。 この C’echが「最初の人」という意味なのかも知れません。人名にも意味はありますから。もうちょっと確かめようと今度はチェコ政府のサイトに行くとかなり詳しい歴史が出ていましたが、チェッコ人が国を形成したのは9世紀にモラビア帝国というのが最初であるというのが出てきて、国名の由来については触れてありません。少しだけ読んでみると、その西隣りは後のドイツになる東フランク王国が強大を誇っていて、そこからキリスト教が入って来て改宗したようです。 東フランク王国の影響から脱したいと考えたロスティラフ王子 Rostislavがビザンチン帝国に僧侶の派遣を求めて、やってきたのが、コンスタンティンとメソディウス Constantine (Cyril) and Methodiusであると書いてあります。Cyrilというのがキリルです。東フランクの僧侶としては面白くありません。当然、争いが起こります。キリルがどうしたかというと、当時、僧侶はラテン語で話すのがしきたりで、一般の人は理解できなかったのをスラブ語を表示する文字を開発して、スラブ語で布教し、成功を収めたということです。 この Cyrilですが、なぜ括弧書きなのか気になりました。調べてみると死の床で与えられた名前が Cyrilであるというのが出てきました。つまり戒名です。キリスト教では洗礼名はあるけど戒名は無いというのが常識です。この戒名は誰でももらえるというものではなさそうです。これは特別に神に列する聖なる存在として聖別、つまり聖化された人にだけ与えられるもののようです。キリスト教では聖水というのがあって、これが聖別した水です。コンスタンティンは聖キリルになったわけです。生前にキリルと呼ばれていたわけではないことが分かりました。 日本では聖キュリロスと呼ばれるようです。ドイツ語では Kyrill、フランス語では Cyrille、Cyrillusはオランダ語のようです。Cyrilosでブラジルのサイトが出てきます。日本のキリスト教はポルトガル経由なので聖キュリロスなのでしょう。 日本の仏教では死ねば誰でも仏になるということですから誰でも戒名はもらえるということになるのでしょう。値段の高いのと安いのとあるようですが。院殿がつくのが一番高くて、次が院のつくもの、居士・大姉がその次、信士・信女が一番安いようです。本人の行いとは関係なさそうです。 ここでまた、余分なことを思いつきました。イエス・キリストのキリストは戒名なのか、姓なのか? これも探してみました。イエスは明らかに名前です。キリストの方は新約聖書の中で死後に与えられた呼び名であるというのと、生前に人が私をどう呼んでいるかペテロに聞くと「キリスト」と答え、その名を人々に話してはならないと戒めたというのがあるようです。 もう少し調べると Christはギリシャ語のΧριστοV (christos)から来たもので、そのもとはユダヤのヘブライ語でメシア Messiah、救世主、もっと正確にはユダヤでは王とか祭司などが即位するときに頭から香油をかけて清めたということで、この油をかけられた者という意味だということです。ΧριστοVはそのギリシャ語訳だそうです。つまりキリストは姓でも戒名でもなくて称号、肩書きの類だということが分かりました。 ついでに分かったのはメシア Messiahはアラビア語では Mahdiつまりマフディでイラクで治安問題になっているマフディ軍団は間にギリシャ語をはさんで翻訳すればキリスト軍団と訳することもできそうです。 キリル文字というのは例の Nや Rが裏返しになった別名はロシア文字ですが、実は Cyrilが開発したのはグラゴール文字 glagolというもので、これが複雑すぎるので簡易化したのがキリル文字のようです。グラゴール文字も実際には彼の弟子の Clementというブリがリアの僧侶が開発したと言われ、それもほんとはブルガリアの Preflav Literary Schoolという当時の大学みたいなところで開発されたもののようです。コンスタンティン Cyrilの布教上の功績が大きかったので名前が残ったのでしよう。 Clementも聖化されてサン・クレメンテになっていますが、実はもう一人サン・クレメンテが居て、そちらは聖ペテロと聖パウロの直弟子で4代目ローマ教皇ですが、トラヤヌス皇帝に迫害されて黒海近くの鉱山で強制労働に就かされ、最後は黒海に投げ込まれたということです。この頃は後の教皇と違って権力などはなかったようです。キリル文字の聖クレメンテは Clement of Ohridと地名をつけて区別されています。 ローマにはサン・クレメンテ教会というのがありますが、これは4代目ローマ教皇のために、関係は分かりませんが1世紀はじめ頃のフラヴィア・クレメンテという一族の所有していた館の跡に立てたもので、地下2階はその館の跡らしいです。ここには当然、殉教したサン・クレメンテが祀られているわけですが、コンスタンティンとメソディウスがたまたま、黒海で遺骸を発見して867年にローマに運んだのだそうです。何百年も経っているわけですが、聖人となるとちゃんと分かるのでしょう。伝説によれば天使が海底に墓を作り、年に一回信者の前に姿を現していたということです。聖キリルは二人の聖クレメンテに縁があるわけです。
参考サイト
サン・クレメンテ教会 http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Ocean/7106/clemente1.html
サン・クレメンテの伝説 http://www.initaly.com/regions/latium/church/clemente.htm
佐藤渡辺サイトの近況 06年9月の月間の画像を含まないページビューでのヒット数は415,353と先月からさらに4万2千近くの減です。低落傾向が続いています。建設用語小辞典、世界の文化、日本の文化関連で競合サイトが次第に力をましてきたということです。 検索エンジンは9月に Googleが Yahooを逆転して、地位を不動のものにしています。日本の一般的な傾向とは違いますが、Googleがシェアを伸ばしつつあるのは確かだと思います。
家の庭はブロッコリーもカリフラワーも食べてしまって食べられるものは何一つなくなりました。この類は食べ頃が来ると、あまり日にちを置けないので、あわてて食べることになります。あまりたくさん植えるものではありません。あとは隣の梅林から侵入してきた蕗のとうが出るのを待つばかりです。アサツキはもう少し冬眠でしょう。
新しく、この「お知らせメール」を購読された方へ
このお知らせメールのバックナンバーがMARINE NAVIに保存されていますので、ご覧になる方は建設用語小辞典のトップページの使用法説明の下にリンクを設けましたので、ご利用下さい。 07/01/15発行 168部 先月-2部目次へ このホームページの更新状況などのお知らせをご希望の方がありましたら、下記の申し込みのフォームでお申し込み下さい。私どもからのお知らせのほかに、「まりんにゅうす」というメールマガジンも届くことになります。 | |
|