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佐藤渡辺通信 No.70 八月は葉月、August、クレオパトラ

 まず、葉月の由来ですが、諸説あって決め手はないらしいです。
 一番有力なのが、8月初めは現在の暦では立秋ではありますが、まだ秋の気配は見えないのですが、旧暦だと9月にあたり、そろそろ、木の葉も色づいて落葉するかな、という季節にあたります。そこで「葉落ち月」から「葉月」になったと言う説です。それにしても落葉にはちょっと早い気もします。昔は日本ももっと寒かったのでしょう。東海道五十三次の「蒲原・夜之雪」は沼津と静岡の中間あたりですが、雪景色です。
 この絵については、広重がここを通ったのは真夏のはずだ、想像で書いたのではないか、いや、一度に書いたのでなく、書き溜めていたなかから選ばれたものだ、いや、あれは新潟の蒲原だ、いや、東海道五十三次の全体が司馬江漢という同時代の西洋油絵の先駆者の元絵の盗作だ、いや、現存する司馬江漢の絵、そのものが戦後の贋作だ、とか説があるようです。どれが正しいかはおいといて私としては、当時の気候は、そこに雪景色があっても不思議ではなかったのだろう、と思います。
 葉月の由来のもう一つ、有力なのは稲の穂が実りはじめて「穂張り月(ほはり)、穂発(ほはり)」から「は」だけが残ったというもの。ほかに雁が初めて渡って来る「初来月(はつきづき)」という説、南からの台風がよく来る「南風月(はえづき)」というのがあります。
 で、表題のクレオパトラとの関係?、実はありません。これからちょっとだけ関係づけます。8月の英語名はAugust、これは初代ローマ皇帝・アウグスツスが、叔父のJulius・シーザーが自分の誕生月に自分の名前に変えたのを真似たのかと思ったら左にあらず、アウグストゥスは9月生まれです。亡くなったは8月ですけど。ではどうして8月に自分の名前を付けたのか?

 一番、それらしいのが、クレオパトラとアントニウスのエジプト軍をアクティウムの戦いで破って帝国としての支配権を確立したのが、この月なのです。そして逃げ帰ったアントニー(英語では)はクレオパトラが死んだとの報せ、多分、意図的誤報なのですが、それを聞いて、剣の上に身を投げます。ほどなくクレオパトラも帰還するのですが、彼女もコブラに咬ませて後を追うのです。
 クレオパトラはただ美しいだけはなく、権謀術数もある教養のある女性だったようです。彼女はプトレミー家で唯一、エジプト語ができる女性だったということです。そうです、プトレミー王朝はギリシャ人、正確にはマケドニア人の王朝なのです。

 彼女が王位・ファラオの地位に就くのは17才の年、父のプトレマイオス12世が亡くなったときです。姉が二人いたはずなのですが、もう亡くなっていました。陰謀説もあるようです。彼女の王位はちょっと奇妙です。プトレミー(英語では)家は、独特の女系制になっていて、王になるものは、先王のGreat Royal Qeen、これは戴冠式のときの妻、つまり正妻の血を引く者でなければならないと、いうのがあって、さらに基本的には王は男性であって、女性は単独では王になれず、かならずKingがいなければならない、とされていたのです。
 というわけで、クレオパトラは弟のプトレミー13世と結婚します。実体としての婚姻かどうかはわかりません。そして、この弟の取り巻きたちによってシリアに流されます。ここで、彼女はアラブ人を味方につけてパレスチナのアスカロンまで戻ってきて弟に戦いを挑みます。そのころ、ローマは三頭政治の一角、クラッススが死んで、ポンペイ(ポンペイ市とは何の関係もありません。)とシーザーの権力争いで、戦力に勝るはずのポンペイが、敗れて、かねて知己のあったプトレミー3世を頼ろうとしますが、エジプトの地を踏むや、斬殺されます。
 後を追ってきたシーザーはエジプトを支配下に入れます。そしてプトレミー13世を呼び戻すことにしたのですが、いちはやく、アレキサンドリアに舞い戻っていたクレオパトラが才知を働かせて、シーザーを籠絡します。プトレミー13世は逃げる途中でナイル川に溺れ死にます。彼女はこんどは、下の弟のプトレミー14世を夫にします。しかし、実際はクレオパトラはシーザーの愛人として一子を設けます。彼女の狙いは今度はローマそのものになりました。子供はカエサリオン、つまり小さなシーザー=カエサルと名付けられました。
 彼女の野望はかなり実現性が高かったようです。シーザーはポンペイの娘も含めて三度、妻を娶っていますが、男子はいませんでした。彼女はシーザーとともにローマに入り、シーザーが暗殺されたときはローマにいたのです。しかし、野望は実現しませんでした。シーザーは甥のアウグスツスを養子にしていたのです。このあたりはひょっとするとアウグスツスによって歴史が書き換えられている可能性もあるでしょう。
 傷心の彼女はエジプトに戻り、今度はシーザー麾下の猛将・アントニウスをいとも簡単に籠絡します。アウグスツスにとって、これは心休まるものではありません。事実、彼女はカエサリオンを王の中の王とと命名し自身は王の中の女王を名乗り、帝国を築きました。というわけで、結局は戦いになり、悲劇は終わりを告げることになります。アントニウスは勇ましいだけの単純な男だったらしく、アクティウムの戦いでも、エジプト軍は海戦に強いという、クレオパトラの言葉を忘れて陸地に敵を追ってやられてしまったのです。
 クレオパトラの血筋はどこかに残っているかも知れません。アントニウスとの間には男女の双子、もう一人の男の子があり、男二人は消えたか、消されたかしたようですが、長女のセレネにはアウグスツスも、そう辛くは当たらなかったようで、ヌミディア王の妻となり、彼女自身はモーリタニアの女王ということになっています。ヌミディア王との間には少なくとも二人いました。
 もう一人、Zenobiaというクレオパトラの子と名乗る女性が居て、彼女も結構、野心家で今はシリアのパルミラのオデナツス皇太子に嫁に入り、未亡人になってのち、パルミラの女王として、今度はエジプトも傘下に入れようとします。結局はローマに捕らえられるのですが、元老院の議員と結婚して子をなし、四世紀まで血筋をたどれる、とかいう話があります。
 何かほかに話題があったような気がするのですが、思い出せず、それでは「八月は葉月」と書き始めたら、Augustの由来でクレオパトラにひっかかってしまって、こういうことになりました。

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 先月の月間の画像を含まないページビューでのヒット数は432,250と、またも5月の水準に逆もどりです。アメリカの学校関係が夏休みで日本の文化関係のページへのアクセスが減っています。
 「Alexa Web Search」の世界ランキングですが、先ほど見たところでは先月の 79,567位から 89,450 位とまた、下がりました。やはり Yahooの影響はありそうです。参考↓
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 自然農法になってまった一坪ほどの畑、高菜は花も終わって多分、五代目の種ができたでしょう。ほおっておくとゴボウの2代目が他を圧して養分を吸い取ってしまいそうなので、いいかげんの大きさになったらちょん切っています。オクラのもう実がつきはじめた苗を植えましたが、本来は人の背丈くらいには伸びるのですがほとんど大きくならずに実を生らせています。
 カレンはこの日曜から妹と二人で2週間のドライブ旅行だそうです。とにかく勇気のある娘さんなので、あんまり無茶するなよ、といっておいたら、大丈夫と、2週間の予算を細かくはじいて2,970ドルと計算を報せてきました。まあ、大丈夫なんでしょう。グランドキャニオンとか、行くようですが、無事を祈りましょう。

今回のお知らせはこの程度です。
05/08/01発行  159部、前月+2部

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