ここに紹介するのは、健常者から、ある日、身体障害者になられた方のメールです。45歳働き盛りの2児の父親の方で、バリアフリーへの訴えを、力もない私に訴えられても、なすすべもありませんが、何人かの力のある関係者の目にとまれば、と、原文のまま、掲載します。ふだんは、バリアフリー、バリアフリーといっても、障害者の方にだって、健常者への思いやりがあっていいのでは、と考えたりしていますが、みんなが明日は我が身であるということも事実です。そのときになって、どう考えるか一つの参考になるでしょう。

私のバリアーの受け止め

理学療法士 西沢 滋和

 私は2003年11月時点で46歳になる2児の父親ですが、1999年8月に脳卒中で倒れ極軽度の障害を持つ身になりました。ところが大勢の皆様のお蔭様で無事数年という歳月の経過が掛かりましたが社会復帰が出来、今日ではほとんど何不自由なく毎日を過ごす事が出来るようになっております。
 けれども突然のように忘れかけていたバリアーの存在をふと思い起こしてくれるような出来事に遭遇する事があります。その正体は一体なんでしょうか?下記に示してみたいと思います。
 やはり一番それを痛感させられるのは段差の存在です。次に感じるのが下りエスカレーターの存在の少なさです。ローステップの路線バス普及にも物足りなさを感じますし、道路が平面ではなく凸凹や傾斜している点にも不満があります。
 また肢体不自由者にとっては厄介な点字ブロックの形状にも工夫が欲しくなるほどのバリアーを感じずにはいられない時があります。
 肢体不自由者やその他類似した方にとっては、上記の事から様々な結果を体験させられますと、やはり日本はバリアーだらけの国ではないのだろうかと思ってしまうのが私の常であります。
 私は今日までの体験からバリアフリーの環境整備がいかに重要であるかを痛感していたのですが、次第に身体運動機能が徐々にですが改善してきますと「喉もと過ぎれば暑さ忘れる」の如くで私の心の中でも徐々にバリアフリーの環境整備の重要性を訴えるエネルギーが希薄化してきているように自覚できます。
 これではいけません。何のための脳卒中を体験したか?自問自答、自己反省すべき時を迎えているような気がします。
 なかなかしようと思っても体験できない体験をした事をどう生かして今後に生きて行くか、過信ではなく自己に対する課せられたであろう役目のように思いますし、この思いの継続こそ自分に課せられた役目を果たす原動力になるのではないかと思っている次第です。
 バリアーとは障壁と一般的に訳されその多くが都市整備等のハードを指し示すようですが、ユニバーサルデザインの思想が心のバリアフリーと結びついた歴史的背景をその1ページに記しているように、日本ではハード面ばかりがソフト面も含めてバリアフリー全般が遅延しているのではないかと思えてなりません。
 例えば今日の世相悪化の顕著な点は「らしさ」の喪失にあるように思います。つまり心のバリアーの肥厚を物語っているように伺えるのです。親らしさ、子供らしさ、教師らしさ、政治家らしさ、警察官らしさ、医師らしさ等などどれを取ってもこの「らしさ」の崩壊が世の中の乱れを招いているような思いがしています。子の親殺し、親の子殺し、教師の教え子に対するいたずら、政治家の汚職、警察官の犯罪、医療事故・ミスの隠蔽等はこの世の乱れのごく一例ではないのでしょうか。このままでは国の崩壊さえ、脳裏をよぎってしまう有り様ではないのでしょうか。
 このように考えますとハード面のバリアーより、もっと深刻な事態がソフト面に引き起こっているように思われます。
 先程身体能力の改善が以前感じ取っていたハード面のバリアーを感じ取りにくくしてしまって来たとお話しましたが、ソフト面のバリアーはその存在が日に日に増大し、このままでは除去不可能になってしまうのではないのかと思わせる段階に差し掛かっているのではないのでしょうか。
 バリアフリーといえばついついハード面の環境に注視しがちな私自身の姿勢に、脳卒中の体験は異なる観点で世の中を観察する事を示唆したのではないかと最近思いを寄せている次第です。

 「らしさ」の喪失と、心のバリアーの肥厚との関係は私には解しかねるところがありますが、日頃、考えておられることが、つい、出てくるのでしょう。私などは、子供らしさ、学生らしさを要求されたとき、「そっちの勝手な思い入れを人に押しつけるな!」と思ったものです。